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岡山地方裁判所 平成3年(ワ)236号 判決

原告

尹政鳩(X1)

吉岡陽子(X2)

原告ら訴訟代理人弁護士

石田一則

被告

岡山県(Y)

右代表者知事

長野士郎

右訴訟代理人弁護士

片山邦宏

右指定代理人

岸本芳明

和仁敏行

石原一夫

中田正明

冨岡清己

河原靖治

理由

一  本件事故

請求原因1は当事者間に争いがない。

二  責任原因

請求原因2のうち、国道三一三号線の岡山県の区域内については、岡山県知事が維持、修繕、その他の管理を行っていること、右国道は、当時本件事故現場付近では山間部を縫って走り、事故車両のように南から北へ進行する車両から見ると、左(西)側は道路際まで急峻な山肌が迫り、右(東)側は道路下が急峻な崖状になり、右側路肩から約一二メートル下を三沢川(水深約一〇センチメートル)が流れており、崖縁に防護柵は設置されておらず、前(北)方に向かって平均約一〇〇分の六の下り勾配となって、S字型の道路線形を呈し、事故車両転落位置では右にゆるやかにカーブしていたこと、本件事故現場の直前(南)部分では、国道右(東)側に沿う三沢川に架橋して国道の路線を変更して拡幅するための道路改築工事中で、未だ架橋はされていない状態にあり、本件事故現場の手前(南)約一一〇メートル以南は、二車線の舗装された新道が完成しており、新道から本件事故現場方向(北方)に向けて約一〇〇メートルの間は、砂利道となっており、本件事故現場手前(南)約一〇メートルから北方は舗装した旧道になっていたことは、当事者間に争いがない。

右争いのない事実に加えて、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場近辺の道路状況については、別紙図面のとおりであること、車道幅員約六メートルのセンターラインのある二車線の舗装された新道の北端から本件事故現場手前までの約一〇〇メートルの砂利道は、付近が架橋工事中で、かつ幅員の広い新道から幅員の狭い旧道に通ずることを運転者に認識させ、その注意を喚起させて減速させる目的で未舗装のまま残地されていたものであり、新道及び砂利道の右(東)側三沢川側には架橋予定部分を除いてガードレールが設置されていたこと、砂利道は、南から北へ約六〇メートルの区間は新道の幅員と変わらないが、その北方約四〇メートルの区間は、右(東)側路側から並べられた反射性のセーフティコーン及び矢印の列が砂利道の中央部分にせり出して徐々に幅員を狭くし、幅員約三・五メートルの旧道の入り口に誘導するよう設置されて、誘導路の幅員は概ね四、五メートル程度になっていたこと、右セーフティコーン及び矢印は、夜間でも前照灯を点灯していればその反射光で十分に視認できる状況にあったこと、砂利道と旧道がつながる辺りのセーフティコーンの右外(東)側には東西方向にガードレールが設置され、その北方の旧道の右(東)側路側にはガードレールの設置はなく、右セーフティコーンの列に連なるような形で、高さ一メートル程度のデリニエーター(視線誘導標)を伴う路側ポールが間隔を置いて並設されていたこと、右デリニエーターは、夜間でも前照灯を点灯していればその反射光で十分に視認できる状況にあったこと、砂利道と旧道のつながる部分には段差はなく、そこから北方はゆるやかな右カーブの道路線形であったこと、本件事故現場付近には夜間照明施設は設置されていなかったこと、本件事故後、旧道に入って約三・七メートル北方の路面上に長さ約二・六メートルの事故車両の左車輪のものと見られる一条のタイヤ痕が存在し、約一〇メートル(前記東西に設置されたガードレールの西端からは約八メートル)北方の右(東)側路肩に約二・一メートルの間隔で二個のタイヤの通過痕が存在し、南側のタイヤの通過痕から北方約七・八メートルの右(東)側路外の脇の法面の草地に衝突痕が存在し、その下方法面に草のなぎ倒された痕が続き、その下方三沢川に事故車両が転落しているのが発見されたこと、事故車両にはエアバッグが装着されていたが、本件事故の際作動しなかったこと、右エアバッグは、原則的に車速約三〇キロメートル毎時以上でコンクリート壁に正面衝突する場合に展開するよう設置されており、衝突速度、衝突の対象、衝突角度等の条件のどれかを満たさない場合には展開しない性質のものであること、以上のとおり認められる。

右認定の本件事故現場付近の道路状況からすると、右は、幅員の広い新道を北上してきた車両の運転者に対し、砂利道によって注意を喚起して減速を促し、これを幅員の狭い旧道の幅員にあわせた反射性のセーフティコーン及び矢印の設置により旧道入り口に導き、旧道上では右側路側ポールのデリニエーターによって右側路側を認識させるというものであり、運転者が前方を注視して通常の運転方法さえとれば、本件事故現場で右側路肩から転落することはありえないから、道路施設として通常有すべき安全性を有しており、設置管理上瑕疵はないものと認められる。

原告らは、夜間においては、新道のセンターラインの延長線が旧道の右側路側ポールの線と一致し、砂利道の右側に並べられていたセーフティコーンの列が右ポールの線と連なり、右ポールを旧道のセンターラインと誤認しやすい構造になっていた旨主張し、砂利道のセーフティコーンの列が旧道の右側路側ポールに連なる形になっていたことは前記認定のとおりであるけれども、新道の北端とセーフティコーンの列までの間には六〇メートル余の間隔があり、また、セーフティコーンの列は砂利道の右側路側から中央部分にせり出すように設置されていたことも前記認定のとおりであるから、運転者が新道のセンターラインの延長線と旧道の右側路側ポールの線とが一致する旨の誤認をする余地があるとは考えられないところであり、また、旧道の右側路側の高さ一メートル程度のポールのデリニエーターの反射光は十分に視認可能であり、旧道入り口付近の右側路側ポールに連なるセーフティコーンの右外(東)側には東西方向にガードレールが設置されていたことからしても、運転者が旧道の右側路側ポールの右(東)側に更に道路の存在を予想し、高さ一メートル程度のデリニエーターの反射光をセンターラインと誤認するとは考えられないところであり、原告の右主張は採用しがたい。

また、原告らは、本件事故現場付近の道路は、道路構造令に基づく防護柵設置基準において、防護柵の設置が義務づけられる場合である路側が危険な区間及び幅員線形等との関連で危険な区間にいずれも該当しており、かつ、道路照明施設設置基準において、道路照明施設の設置が義務づけられる場合である夜間交通上特に危険な場所及び道路の幅員構成、線形が急激に変化する場所に該当していたのに、これら基準に反して、必要な施設の設置がなされていなかった旨主張するが、次のとおり採用しがたい。

防護柵及び道路照明施設は、道路法三〇条一項一〇号の施設であり、その構造の技術的基準は、同項のいう政令である道路構造令で定められるが、同政令は、道路の新築、改築の場合における構造の一般的技術基準を定めるものであり、本件事故現場のある旧道は新築、改築の行われた道路には該当せず、現場手前の砂利道は工事途中の道路であり、いずれも同政令の適用対象ではないので、同政令を受けて定められた行政上の基準である防護柵設置基準及び道路照明設置基準は、本件事故現場付近の道路には適用されないものであるほか、右各基準は、道路の高度の安全性を追及する行政上の立場から定められたものであるから、右基準を満たしていないからといって、当該道路が直ちに安全性を欠き、設置、管理に瑕疵があるとすることはできない。

もっとも、右各基準は、道路の安全性に関する一定の指標となり得ることは否定しがたいから、右各基準との関係で本件事故現場付近の道路状況を検討するに、次のとおりである。

防護柵設置基準二―二―一では、主として車両の路外逸脱を防止するため、道路及び交通の状況に応じて原則として防護柵を設置すべき道路区間として、(A)路側が危険な区間(〈1〉法勾配と路側高さの関係が一定値以上の区間、〈2〉道路が、海、湖、川、沼地、水路等に接近している区間で必要と認められる区間)、(B)幅員、線形等との関係で危険な区間、(〈1〉車道幅員が急激に狭くなっている道路で、防護柵の設置によりその効果があると認められる区間、〈2〉曲線半径が概ね三〇〇メートル以下の道路で、前後の線形を考慮した上で必要と認められる区間、〈3〉おおよそ四パーセントをこえる下り勾配の道路で、防護柵の設置によりその効果があると認められる区間)等が定められているところ、前記認定の道路状況からすると、本件事故現場付近の道路は、右(A)〈1〉、(B)〈3〉に該当するが、(B)〈2〉には該当せず(曲線半径が三〇〇メートル以下であることを認めるに足りる証拠はない。別紙図面からすると、曲線半径は三〇〇メートルよりかなり大きいものと推定される)、(B)〈1〉については、砂利道のセーフティコーンの並列誘導状況から見て車道幅員が急激に狭くなっているとはいいがたく、また、(A)〈2〉については、三沢川の水深が約一〇センチメートルであることから、本件事故現場では通常予想し得る水没の危険性は少なく、(A)〈1〉、(B)〈3〉については、砂利道による運転者に対する注意喚起、反射性のセーフティコーソ等並列による誘導等の措置の外、本件事故現場のカーブの線形は、外周が山腹側で、内側に崖があり、通常予想される遠心力による路外逸脱は、カーブの内側である崖ではあり得ないことなどに照らし、右該当の事実があるからといって、全体としての安全性を欠くものとまでは認めがたく、結局、防護柵設置基準との関係においても、本件道路の設置管理に瑕疵があったとはいえない。

道路照明施設設置基準には、一般国道等において、(X)原則として局部的な道路照明施設を設置すべき場所として、夜間交通上特に危険な場所等が挙げられ、(Y)必要に応じて同施設を設置すべき場所として、道路の幅員構成、線形が急激に変化する場所が挙げられているところ、本件事故現場は道路右(東側)路外に逸脱すれば、草地の急斜面の法面を約一二メートル下の三沢川の河床まで転落することによって重大な結果を招くという限度においては、危険な場所ではあるが、前記のとおり通常の注意を払って運転をしていれば、ゆるやかな右カーブの内側に路外逸脱をすることは通常あり得ず、本件事故現場で同種の事故発生の前例があったことを認めるに足りる証拠はないから、本件事故現場は(X)には該当しないものというべきであり、また、前記認定の本件事故現場付近の道路状況(セーフティコーン等による誘導状況、右カーブの曲線半径)等からすると、本件事故現場は(Y)にも該当しないものというべきである。

従って、防護柵設置基準及び道路照明施設設置基準との関係においても、本件事故現場付近道路が安全性を欠き、その設置、管理について瑕疵があるとすることはできない。

ところで、原告らは、事故車両が時速三〇キロメートル以下に減速して進行してきたが、急激に道路幅員が狭くなり、山間部の夜間の漆黒の暗闇の中で、運転者が道路幅の確認をすることができず、運転者が右側路肩をセンターラインと誤認し、右カーブの道路のためハンドルを右に切ったところ、右側路外に転落したとも主張するが、前記認定のとおり前照灯を点灯していれば、運転者が前方注視を欠かない限り、反射性のセーフティコーンやデリニエーターにより右側路肩の位置は明らかであり、運転者が道路幅の確認をすることができなかったとは認めがたく、また、運転者が右側路肩をセンターラインと誤認したとは考えられないことも前記説示のとおりであるほか、次のとおり、事故車両が時速三〇キロメートル以下に減速して進行していたとも考えがたい。

事故車両に装着されていたエアバッグが本件事故の際に作動しなかったこと、エアバッグは車速が約三〇キロメートル毎時以上が展開のための条件の一つであることは前記認定のとおりであり、原告らは、これを根拠に事故車両の速度を時速三〇キロメートル以下と主張するかのようであるが、右エアバッグ展開の条件は、衝突速度のみではなく、衝突の対象、衝突角度等が絡んでくることは前記認定のとおりであり、エアバッグが作動しなかったからといって、直ちに事故車両の速度が時速三〇キロメートル以下であったとはいえないのみならず、前記認定のとおり、旧道に入って約三・七メートル北方の路面上に長さ約二・六メートルの事故車両の左車輪のものと見られる一条のタイヤ痕が存在し、約一〇メートル北方の右側路肩に約二・一メートルの間隔で二個のタイヤの通過痕が存在し、南側のタイヤの通過痕から北方約七・八メートルの右側路外脇の法面の草地に衝突痕が存在し、その下方法面に草のなぎ倒された痕が続いていたことからすると、必ずしも事故車両が減速して進行していたとは認めがたい。

むしろ、現場に短い左車輪の一条のタイヤ痕のみ残り、ブレーキ操作による両輪の擦過痕がないことや、ゆるやかに右カーブをしている地点であったことからすると、運転者の居眠り若しくは前方不注視又はハンドル操作の誤りにより、あるいは、運転者が居眠り若しくは前方不注視から我に返った瞬間、右カーブのため前方に見えた左側山腹を実際以上に直近に感じ慌てて必要以上にハンドルを右に切ったことなどにより、制動措置をとる暇もなく、あるいはとったとしても制動効果が現れる前に事故車両が路外に逸脱したとも考える余地があり、いずれにしても、事故車両が十分に減速して安全運転につとめていたとは考えがたく、本件事故は、事故車両の運転者の何らかの過失による可能性が高いものというべきである。

他に本件事故現場付近道路の設置管理について瑕疵の存在を首肯させるような事実を認めるに足りる証拠もない。

三  結論

以上によれば、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢延正平)

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